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日本のシャープペンシルの歴史(33)

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前回に引き続いて「日本文具新聞」に掲載されていた広告を紹介します。
今回の広告は1921年(大正10年)7月に掲載されていました。

以前も紹介した「太平洋金具製造株式会社」の広告です。
2年前の1919年では【太平洋金属器具製作所文具部】という社名でしたが、
株式会社に変わったようです。
しかし、製品や商標は変わっていないようです。

文字の中には繰出鉛筆とは書いていませんが、
左下あたりの絵が繰出鉛筆を表していると思います。

この会社は金属文具全般の製造を行っていたようなので、
金属製の繰出鉛筆も製造していたのでしょう。

丸に”P”のトレードマークだとパイロットを思い浮かべますが、
大正時代にはマルピーの万年筆があったのですね。

日本のシャープペンシルの歴史(34)

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前回に引き続いて「日本文具新聞」に掲載されていた広告を紹介します。
今回の広告は1921年(大正10年)11月に掲載されていました。

左下に以前も紹介した「森田金属製作所」の”カノエ印萬年鉛筆”の広告があります。
前回から1年2カ月経っていますが、文字のみの広告となっています。

特許の番号が「実用新案既願55475号」となっています。
これは前回でも紹介した公開番号「特許願114414号」の特許が
登録されたため番号が変わったのだと思います。

「品が良く値段が安いからまるで飛ぶように売れる」
とコストメリットを挙げていることがわかります。
他の広告でもありますが、この時代は海外製品に対して
日本製は安くて良いものを謳う宣伝文句が多く見受けられます。

シャープミュージアム(天理)訪問

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先日、長年の夢だったシャープミュージアムに行くことができました。
シャープペンシルを集め始めた当時から、このミュージアムに
シャープペンシルが展示されていることは知っていたのですが、なかなか遠いのと
平日しか開いておらず、予約制であったため、行く機会を作ることができていませんでした。
3年前、関東より三重に引っ越して近くなったため、
会社が平日休みの時に合わせて、念願かなってやっと訪問することができました。

通常はシャープの歴史と技術を学ぶミュージアムで、
1時間ほど館員の方から説明を受けながら周る形式ですが、
今回は予約時にシャープペンシルだけに興味がある意向を伝えたため、
館員の方に質問をしながら、見せて頂く形式にしてもらいました。
かなりマニアック過ぎた質問で館員の方にご迷惑をかけましたが、
真摯にご対応して下さり、とても有意義な時間を過ごすことができました。

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入口入ってすぐの所にシャープの歴史の始まりであるシャープペンシルの展示がありましたが、
驚いたことにシャープペンシル工場の模型も展示されていました。
工員がシャープペンシルを作っている風景が再現されていて、
当時の生産現場の雰囲気が伝わりとても良い展示でした。

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そして、その奥にシャープペンシルの展示がありました。
今回の展示本数は計40本ほどでしたが、よく広告や復刻で取り上げられている
らせん状の早川式繰出鉛筆は、9月まで大阪の「The世界一展」に貸し出し中のため、
見ることができませんでした、残念・・・。
展示されていたペンシルたちはすべて早川徳次氏の私物だったそうです。
そのため、内部機構が見えていたり、試作品みたいなシャープペンシルもありました。
やはりミュージアムなので、実物は出したり触ったりすることはできず、
どのような刻印がされているかは判らないものが多かったです。

今回、館員さんと話をしていて、わかったことは、
初期に輸出したのはアメリカだけではなくヨーロッパにもしていたとのことでした。
これは第一次世界大戦でドイツのペンシルが輸入できなくなったため、日本のペンシルが注目を浴び、
輸入し始めたようでした。
そのため、ヨーロッパに早川のペンシルがあってもおかしくないことがわかりました。
以前紹介したスペインから落札した早川式繰出鉛筆も当時輸出されたものだということがわかり、
なぜスペインに早川式ペンシルが?という謎も解明されてとてもすっきりしました。

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展示の品の中に、1979年(昭和54年)アメリカ・ニュージャージー州の古美術店で発見され、
当時の早川会長に届けられた早川式繰出し鉛筆も展示されていました。
このペンシルには見た限りでは刻印とかが無く、どうして早川製だとわかったのか聞き忘れてしまったので、
今度伺った時に聞いてみることにします。

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シャープペンシルの芯も展示されていましたが、これらは早川で製作していたものではなく、
当時のものとして展示してあるとのことでした。。
赤、黒の2色の芯でしたが、どこのメーカーのものかは判りませんでした。

この後の展示はラジオから始まり、家電のシャープの歴史になっていきますが、
その途中でシャープペンシルを製造していた当時の広告と写真が展示されていました。

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広告は2種類あり、一つは”エバーレデーシャープ鉛筆”の広告でした。
これとほぼ同じものは以前、万年筆コレクターのS氏よりコピーを頂いたことがあり、
当日も持参していたので、よく比較してみました。
そうすると、文言や図は全く同じで、発売元のみが異なっていて、
コピーの方は「早川兄弟商会」、展示されていた広告は「福井商店」だったので、
東京で販売したものと大阪で販売したものとの違いだったと思われます。

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もう一つの広告は”早川商事合名社”の広告でした。
これは早川徳次氏のお兄さん早川政治氏が関東大震災後、東京に残って
文房具製造を続けていた時の社名だと思います。
そのため、万年筆などのクリップ製造等の金属部品の製造も行っていたことがわかります。

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写真も2種類あり、一つは大正9年のショーウィンドーの写真でした。
この写真は初めて見ました。
エバーレデーシャープ鉛筆の宣伝が大々的に行われていて、
チャップリンっぽい人物が背景に起用されていたり、
子供がペンシルを抱えた広告などあり、とても興味深かったです。
良く見ると携帯用の鎖付きのペンシルなども展示されているようでした。
このショーウィンドーはどこで行われていたものだったのでしょうか、
これも今度伺った時に聞いてみることにします。

もう一つの広告は大正11年の平和記念・東京博覧会の時の出展ブースの写真でした。
この写真は見たことがありましたが、細部まで詳しく見ることができました。
写真の左下に展示してあるシャープペンシルで、ボディに黒い柄みたいなペンシルが
写っており、金属表面に塗装か、加工したペンシルも製造していたのかもしれない事がわかりました。

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シャープの歴史を展示するブースの最後に、シャープで生み出したアイデア製品の展示があり、
そこにも万年カレンダー付き、方位磁石付き、鋏付き、体温計付きの4本の
シャープペンシルが紹介されていました。
方位磁石付きは以前広告を紹介したことがありますが、このタイプとは異なっていたため、
試作段階のペンシルなのかもしれません。

今回は1時間半弱ゆっくりと見学させて頂き、お付き合い頂いた館員の方に
感謝の意を表したいと思います。
また、記念品として頂いたものが(Pilot製ですが)シャープペンシルだったことが
最後にとても嬉しかったです。
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展示されていたシャープペンシルについては、撮ってきた写真を良く見て
後日載せていこうと思います。

シャープミュージアム(天理)に展示されていたペンシルたち

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前回、シャープミュージアム(天理)に訪問したことを紹介しましたが、
今回は展示されていたシャープペンシルたちについて紹介していこうと思います。

前回記載した通り、ミュージアムなので展示品を間近で見ることができませんでしたが、
撮ってきた写真をもとに、判る範囲でどのようなペンシルが展示されていたかを考察していきます。

展示されていたシャープペンシルは全部で40本あり、
最初のブースに1本+34本+1本、
シャープで生み出したアイデア製品のブースに4本と分かれていました。
早川徳次氏が手元に残していた私物だったそうで、
内部機構が見えていたり、試作品みたいなペンシルもあり、よく研究されていたことがわかります。

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最初の一本は「1915年(大正4年)シャープペンシル(早川式繰出鉛筆)」
と紹介されていました。
写真を拡大してよく見ると、”TMH”と刻印されているようにも見えるので、
早川製のペンシルだと推測されます。
このような少し細めのペンシルも作っていたのは初めて知りました。

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次の34本まとめて展示されていたペンシルも一本一本写真を拡大して
よく刻印を調べてみましたが、残念ながら早川製と確定できるペンシルはありませんでした。
しかし、34本中18本は展示されている状態では刻印が見えない、もしくは
刻印が無いもので、どのようなペンシルか判別出来なかったので、
この中に早川製のペンシルがあるかもしれません。
また、明らかに時代が違うペンシルが2本ありました。

予想も含め判別できたと思われる16本の内、8本はプラトンのペンシルでした。
やはりOEMで早川兄弟商会が製造していたので、
手元に多く残していたのでしょう。
中の機構が見えるようになっているカットサンプルや、
ボディに彫刻を施した綺麗なペンシルもあり、
良い製品を大事に所有していたのだと思います。

その他の判別できたペンシルの中で、
一本すごい発見がありました。
Sheaffer社製の「SHARP-POINT」があったことです。
このペンシルはSheaffer社の最初のペンシルで、
1917年(大正6年)~1920年(大正9年)まで製造されていました。

以前紹介した通り、早川製の「EVER-READY SHARP」の特徴は
この「SHARP-POINT」と酷似していたので、実際に参考にしていたことがわかりました。

その他、アメリカ Wahl Eversharp社製のペンシルが3本、
日本のスワン、ホシエス、が各1本、
メーカーが不明ですが日本製の「KURIDASHI PENCIL」が2本ありました。

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次の1本は前回紹介した、
「1979年(昭和54年)アメリカ・ニュージャージー州の古美術店で発見され、
当時の早川会長に届けられた早川式繰出し鉛筆」です。
刻印が見えなかったことが残念です。

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アイデア製品のブースにあった4本は、前回紹介した通り、
万年カレンダー付き、方位磁石付き、鋏付き、体温計付きのペンシルでした。

やはり実際に手にとって見てみないとはっきりとしたことは言えませんが、
早川式繰出鉛筆はなかなか残っていないのかもしれません。

これからも、注意深く探していき、日本のシャープペンシルの歴史を紐解いていければと思います。

日本のシャープペンシルの歴史(35)

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久しぶりに「日本文具新聞」に掲載されていた広告を紹介します。
今回の広告は1921年(大正10年)11月の表紙に載っていたものです。

右下に以前数回紹介している「中田製作所」製プラム(Plum)の広告があります。
言葉だけですが、「プラム高級繰出鉛筆」と同時に
「新発売品プラム印エボナイトシャープ鉛筆」と表記されています。

日本文具新聞の中では、今まで「早川兄弟商会」「米国製エバーシャープ」でしか
『シャープ』という言葉を使っていませんでしたが、
早川以外の日本メーカーで初めて使用された例だと思います。

実はこの号(11月25日号)の一つ前の号(11月10日号)で、
プラムのエボナイトシャープ鉛筆新発売の記事が出ていました。
それには
「近来金属製シャープ鉛筆の流行するに鑑み、それを一般需用者に
廉価に提供せんと欲しエボナイトシャープ鉛筆を製作発売せられたるが、
該製品は、エボナイトを以って鉛筆の軸部とし、先端、頭部の装置を
金属を以って巧妙に製作したるものにして、・・・」
と書いてありました。

『シャープ』という言葉を使う基準がわかりづらいですが、
金属製であっても、エボナイト製であっても、使用し始めているので、
今までの繰出鉛筆と違い新しいとか、精巧な繰出鉛筆というような
意味合いになっているのかもしれません。

今後も『シャープ』という言葉の広がり方に注目して、歴史を紐解いていこうと思います。

日本のシャープペンシルの歴史(36)

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前回に引き続いて「日本文具新聞」に掲載されていた広告を紹介します。
今回の広告は1922年(大正11年)1月に載っていたものです。

「日本文具製造株式会社」製プラトンシャープ鉛筆の広告になります。
「日本文具新聞」の中では初のプラトンシャープペンシルの広告です。
以前紹介していますが、中山太陽堂(現クラブコスメチックス)の
文具部として、万年筆、インクや鉛筆と共にシャープペンシルも販売していました。

このプラトンシャープペンシルは【早川兄弟商会】(現シャープ株式会社)
OEMとして製造していました。
今までの広告と比べると、早川兄弟商会のペンシルは「シェーファー(Sheaffer)型」に対し、
プラトンシャープペンシルは「エバーシャープ(Wahl Eversharp)型」のようです。
どちらも作る技術はあったのだと思いますが、最初は作り分けていたのかもしれません。
(のちにどちらの会社からも両タイプのペンシルが広告に載るようになります。)

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プラトンシャープ鉛筆がいつから発売されたかを調べると、
上画像の2つの広告が1921年(大正10年)8月27日と9月20日の読売新聞に掲載されていました。
「新発売の自動鉛筆 プラトンシャープ鉛筆」と謳っているので、
この時期に発売されたのだと思います。

前回のプラムの記事で、早川以外の日本メーカーで初めて『シャープ』という言葉を
使った例と書きましたが、プラトンの方が早く使用し始めているようです。
しかし、早川のOEMと考えると当然なのかもしれません。

また、これらの広告を比べると、掲載時期に差があることがわかります。
全国紙の読売新聞に掲載された後、5ヶ月も経ってから
専門紙の「日本文具新聞」に掲載されています。

これは推測ですが、「早川兄弟商会」が東京を拠点としているのに対し、
「日本文具製造株式会社」は大阪を拠点としているため、
東京色の強い「日本文具新聞」には掲載を控えていたのかもしれません。

当時から大阪には「大阪文具新聞」がありますが、この時期の資料が無く、
詳細は解っておりません。
東京中心の文献調査では、関西地区の状況がわからず、片手落ちとなっているのが現状です。
もし、当時の関西地区の文献等ありましたら、ご連絡いただければ幸いです。

日本のシャープペンシルの歴史(37)

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前回に続いて「日本文具新聞」に掲載されていた広告を紹介します。
今回の広告も1922年(大正11年)1月に掲載されていました。

以前紹介した広告からてからまだ三か月しか経っていませんが、
またまた新しい【早川兄弟商会】、現シャープ株式会社の広告が紹介されています。

今回はスーツを着た紳士と共に、和装のご婦人が所有している絵が載っています。
また、「万人が万人とも使って褒めない人はない」と
製品の良さを謳っています。

前回の広告では【エバーレデーシャープ繰出鉛筆】となっていましたが、
今回ははっきりと【エバーレデーシャープペンシル】と書かれています。
とうとう日本の製品で「シャープペンシル」という言葉が表記された広告が出てきました。

広告の真ん中左あたりに
「芯の自動に繰入されざる類似品あり本名称に御注意を乞ふ」
と書いてあるので、類似品も作られていたのでしょう。

ペンシルの形はやはり「シェーファー型」であるので、
同じ紙面に載っている前回紹介したプラトンシャープ鉛筆と作り分けているようです。

日本のシャープペンシルの歴史(38)

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前回に続いて「日本文具新聞」に掲載されていた広告を紹介します。
今回の広告も1922年(大正11年)1月に掲載されていました。

以前数回紹介している「中田製作所」製プラム(Plum)の広告です。
前回と異なり、新聞一面の広告です。

新発売品として「プラム エボナイトシャープ」を紹介しています。
前回は文字だけでしたが、今回はペンシルの絵が載っています。
ボディはエボナイト製ですが、先端、クリップや天冠は金属のようです。

また、謳い文句には「時の節約と・・・事務能率の増進は
本品の特徴にして誇りなり」と書いてあり、
使いやすく、性能が良いことを主張しています。

この頃は徐々に日本でも繰出鉛筆を製造するメーカーが出てきたので、
『シャープ』という言葉を付けて自社の製品は性能が良いという印象を
与えようとしたのかもしれません。

No405:早川兄弟商会(シャープ)のシャープペンシル

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前回からだいぶ時間がたってしまいましたが、
久しぶりにペンシルの紹介をします。

先日オークションサイトを見ていたら、
日本製の金属ペンシルが出品されていました。
写真を見るとクローバークリップでベルトップなのはわかりましたが、
刻印されている文字は分かりませんでした。
この形で日本製だともしや・・・と思い何とか落札できました。

そして、品物が届き、やはり正真正銘の早川製シャープペンシルでした!
刻印は「18 GOLD PLATED PAT. 54357 "EVER-READY SHARP" T.M.H.BROS.CO,MADE IN JAPAN」
以前紹介した広告に載っている、【SHARP】という言葉が使われ始めた時のペンシルだということがわかりました。

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今回のペンシルは広告にも載っているので、大正10年(1921年)製であることがわかります。
ちょうど日本でシャープペンシルが流行りはじめたころの製品になります。
早川兄弟商会が「エバーレデーシャープ」と名付けた最初のペンシルと思われますので、
資料的にとても重要なものだと思います。

以前紹介したペンシルより約1年、新しいタイプのものになると思います。
繰出し式で、芯の太さは1.18mmです。
全長12.8cm、太さは7.8mmでベルトップのクリップ付です。
ボディは金張りのようです。

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(左:「エバーレデーシャープ」 右:Sheaffer社「シャープポイント」)

まずは外見から、以前紹介したとおり
アメリカのSheaffer社の「シャープポイント(Sharp-Point)」に形が似ています。
ベルトップで、少し形が異なりますがクリップの根元がクローバーの形をしています。
しかし、クリップの先端がボール状になっていることがわかります。
このボール状になっているのは、Sheaffer社でも1921年頃から製造されていますが、
クリップ先端だけを新製品の真似をしたわけではないと思います。

早川兄弟商会は金属文具の製造もしていましたので、
万年筆のクリップも初期から作っていました。
万年筆のクリップではボールクリップが既にありましたので、
その技術を使い、シャープペンシルにもボールクリップを採用したのだと思います。

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(上:「エバーレデーシャープ」 下:Sheaffer社「シャープポイント」)

一方、内部構造は
天冠のベルトップを取ると、やはりSheaffer社のシャープポイント(Sharp-Point)と似ています。
天冠から延びる筒のところに芯が入るようになっており、
その先端に消しゴムが付いています。
この内部機構まで真似ていることから、
実製品を分解、研究して製品化したことがわかります。
やはり、以前紹介したシャープミュージアムに展示してあったペンシルの一部は
”シャープポイント(Sharp-Point)”だったのだと思います。

ペンシルを集め始めたころ手に入れた早川製シャープペンシル。
それから15年くらいたって2010年、スペインから届いた早川製シャープペンシル。
そして今回、3本目の早川製シャープペンシルを見つけることができました。

集め始めたころからは色々なことが判ってきたため、
資料的な価値があるペンシルを見つけやすくなってきているのかもしれません。
これからも情報を集めつつ、どのようにシャープペンシルが広まっていったかを
解き明かしていきたいと思います。

No406:丹羽製作所のトーヨーシャープペンシル

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これは丹羽製作所のトーヨー(Toyo)シャープペンシルです。

丹羽製作所は大正末期頃からあるシャープペンシルのメーカーです。
大正12年の東京文具新聞に広告が出ているので、
その頃創業したのだと思われます。

その後、大正13年に合資会社になり、
昭和4年頃にはノック式と思われる「ラッシュ」モーターペンシル
を製造し始めました。

このペンシルは繰出し式で、芯の太さは1.18mmです。
全長13.2cm、太さは7.6mmです。
ボディはシルバーでクリップがついています。
説明書には「合資会社丹羽製作所」と書いてあるので、
大正13年から昭和初期のペンシルだと思われます。

ボディには「"TOYO" SHARP PENCIL T N & CO」と刻印されています。
「T N & CO」は創立者の”丹羽外代治”の頭文字と思われます。

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説明書には四文字熟語のように
「堅牢無比、休裁優美、携帯至便、用法簡便、回転軽快、
先端常尖、替芯豊富、汚穢絶無、運筆自在、価格至廉」
と十大特長が書いてあり、製品にかなり自信があるように見えます。
また、トーヨー製の替え芯も黒、赤、青、紫と4色あったようです。
今回附属していた芯は黒でした。

アメリカのワールエバーシャープ(Wahl Eversharp)と比べると、
ほとんど形が一緒で、クリップの形状も同じです。
このタイプのペンシルは大正から昭和にかけて多くのメーカーから
発売されていました。

論文の紹介

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今回は日本のシャープペンシルの特許を調査し論文として発表された
大阪工業大学 知的財産学部廣田義人教授の
「日本におけるシャープペンシルの製造と発明・考案」を紹介させて頂きます。
大阪大学経済学 第64巻 第2号 2014年9月号に掲載されている論文となります。

特許の観点から1960年代までのシャープペンシルの歴史が考察されており、
その時代の製造者がどのような特許をどのくらい出願しているかまとめられています。
また、主要特許の構造説明、製造者の背景や繋がりもまとめられていて、
とても資料的価値の高い論文だと思います。

掲載内容に沿って紹介していきたいと思います。

・はじめに
論文中に「これまでの日本におけるシャープペンシルの生産と技術の発展は、
1960年代半ばを境に操出式の時期とノック式の時期に二分することができる。」と書かれており、
まさにその通りだと感じました。
この転機は日本発の現象で、1962年に大日本文具(現 ぺんてる)が樹脂含有の細く硬い芯を開発し、ノック式のチャックにも耐えられるようになったため広まっていきました。


1.日本におけるシャープペンシル製造

(1)戦前のシャープペンシル製造と開発
戦前の歴史と背景、早川徳治が出願した特許の内容が紹介されています。
早川徳治が出願した米国特許は、組み立て時に半だ付けを用いない、容易に組み立て修理が可能とする特許でした。

(2)戦前・戦時のシャープペンシル工場
「工場通覧」及び、1929年に出版された「日本文具製造者別名鑑」の製造者一覧から歴史背景を考察されています。


2.特許・実用新案から見たシャープペンシルの発明・考案

(1)出願件数の推移と主要な発明・考案者
シャープペンシルに関わる出願は1920年代から増え始め、28年頃は二色、多色シャープ、35年前後はノック式シャープの出願が多いと分析されております。
また、考案者の背景としてアルマイト文具、カノエ、岩崎金属文具製作所、
丹羽製作所(トーヨー)、萬古(バンコ)、山崎商店(ホシエス)、
国際文具、保谷製作所等の歴史背景がまとめられています。

(2)主要な発明・考案内容の変遷
早川徳治が出願した特許に関して考察されており、残芯押し出し機構の特許はアメリカでは公知であったと推測されています。
1922年に並木録三郎が二色シャープの特許を取得、
1935年に山下長広(アルマイト文具)が4色操出シャープペンシルの特許を取得していることを分析されておられます。
また、ノック式の特許は1925年アメリカのエーブラハム・ポラックスが取得されていると調べられておりますが、実際に製品化されているか、どこのメーカーなのかはわかりません。
その他、ノック式の様々な特許として、1963年アメリカから先端プッシュ式操出シャープペンシルの特許はギアがありクルトガの機構に似ていること、
振り出し式のシャープペンシルの機構は1964年に出ている特許に似ていること、オートマティックのシャープペンシルの機構も1964年に出ている特許に似ていることを考察されておられます。
論文中に表現されている文章として、「先人の考え付いたことを振り返ることで、新しいアイデアを触発する」、「アイデアの多くがそれ以前に蒔かれた種から発芽していたのである。」ということがよくわかる内容だと思います。


・おわりに
特許出願件数等から日本のシャープペンシルの歴史は、戦前の操出式シャープペンシルの開発は職人上がりの工場主が主体で、1960年半ばから始まるノック式シャープペンシルの普及と合成樹脂の採用で大量生産が可能となり開発は大手の技術者に移行していったと結論づけておられます。


著者の廣田様とは一度お会いしたことがあります。
2014/2頃お越しいただき実際のシャープペンシルを見ていただきました。
特許で出願されているものがどこまで製品として売られていたか、確認することができたようです。
機械的に複雑な機構の4色ペンシルも実際に製品化されていたこともわかり、
当時の日本の技術力の高さが伝わったようです。

今後、日本のシャープペンシルの歴史を調べていくなかで、この論文を元にし、
実際の製品や広告などの資料を付け加えて、歴史を紐解いていきたいと思います。

No407:アルマイト文具の4色シャープペンシル

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これはアルマイト文具工業株式会社の4色シャープペンシルです。

アルマイト文具工業株式会社は、1933年山下長広によって
創立された”山下金属工業研究所”の地に、
1936年に伊達清太郎によって設立されました。
シャープペンシルの他、万年筆なども製造していました。

山下長広によってこの四色ペンシルの特許は、
実用新案公告 昭和10年-16053号として登録されています。
複雑な構造ですが、製品化されかなり市場に出回ったと思われます。
と言うのも、よく骨董市で見かけることがあるからです。

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広告には「四色ペンシル」の他に「三色ランニングペンシル」、
「二色ペンシル」、「一色ノックペンシル」、「一色8型ペンシル」
と多色ペンシルのラインナップが多いことが判ります。
そして、「世界で最初のアルマイトペンシル」とあるように
アルマイトの材質を初めて用いて筆記具を製造しているようです。

このアルマイトはWikipediaによると、
「1929年に理化学研究所の植木栄らが特許を取得し、それを引き継いだ
理化学研究所の宮田聡が「アルマイト」と命名したのが由来」
とのことで、当時は最新の材質を使って作ったことになります。

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もう一つの広告には四色ペンシルには
「クローム1円80銭」、「アルマイト3円」、
「銀色3円85銭」、「金色6円60銭」とあり、
アルマイトが銀に近い値段がしていたことが判ります。

今回の4色ペンシルは銀製のものになります。
全長は13.2cm、太さは10.5mmです。
広告などから昭和十年代のペンシルだと思われます。

このペンシルはクリップの下に小窓があり、
そこにある色の芯が出るようになっています。
右に回すと芯が出て、左に回すと芯が引っ込んでいき、
更に左に回していくと、カチャっと90°回り、
小窓の色が変わります。
出したい芯の色になったら、逆の右に回していくと芯が出るようになります。

昭和初期には、このような複雑な機構のペンシルが多く販売されており、
シャープペンシルの一つの全盛期だったのだと思います。

日本のシャープペンシルの歴史(39)

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今回は「日本文具新聞」に掲載されていた広告を紹介します。
この広告は1922年(大正11年)2月に掲載されていました。

以前数回紹介している「森田製作所」製カノエ萬年鉛筆の広告です。
前回紹介した広告と異なり、ペンシルの絵が載っています。

載っているシャープペンシルの形をみると、
クリップの根本がクローバータイプで、ベルトップとなっており、
以前紹介した「早川兄弟商会」のエバーレデーシャープペンシルと
似ていることが判ります。

また、英語表記が[Kanoye]となっていますが、
昭和に入ると[Kanoe]と表記されていくため、
この表記のカノエのペンシルは古いものだということが判ります。

広告の絵は三蔵法師?が飛行機に乗って
大陸を飛んでいるように見えますが、
「期待せる斯界 秀越品の出現」を表現しているのでしょうか。
また、日本の地図が少し雑な感じが、味があります。

No408:フェンド(FEND)の6色シャープペンシル

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これはドイツ フェンド(FEND)社の六色ペンシルです。

以前紹介したペンシルと同じ年代(1940~50年台)のものだと思います。
モデル名は【Super NORMA】といいます。

六角軸で、サイドに6か所レバーがあります。
そのレバーを下げると芯が保持されている機構が現れ、
その先端を右に回すと芯が繰出されるようになっています。
芯を戻すときは先端を左に回し、芯自体を押し込んで戻す、中押し式になっており、
芯が保持されている機構を戻すときには、他の色のレバーを少し下げると元に戻るようになっています。

色は黒、赤、青、茶、緑、黄の六色があります。
この年代にこれだけの色芯があったことに驚きです。

芯の太さは1.18mmです。
全長は13.4cmで、太さは12.4mmとなっています。
複雑な機構がついているため、太く、結構重いです。

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この時代の広告には2,3,4,6色のペンシルとボールペンが載っています。
材質はクロム、銀張り、銀無垢、金があったようです。
このペンシルにはモデル名の後に「Met. vers.」と刻印されており、
材質を表しているのかもしれませんが、上記のドイツ語の綴りと合わず、
何の意味かはわからなかったです。

日本のシャープペンシルの歴史(40)

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今回は「日本文具新聞」に掲載されていた広告を紹介します。
この広告は1922年(大正11年)3月に載っていたものです。

「日本文具製造株式会社」製プラトンシャープ鉛筆の広告になります。
以前紹介したとおり、中山太陽堂(現クラブコスメチックス)の文具部として、
この時代に万年筆、インク、鉛筆、シャープペンシルを販売していました。

前回の広告から2か月しか経っていませんが、シャープペンシルの絵に
僅かに変化が見られます。
クリップの根本をよ~く見ると・・・、プラトンの横顔らしきものがついています。

以前紹介したとおり、プラトンシャープペンシルには、
クリップの根本にプラトンの顔が彫られているタイプがあります。

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上画像のように同じ大正11年3月の読売新聞に掲載された広告を見ても
クリップの根本にプラトンの横顔が描かれているのがわかります。

このクリップの根本にプラトンの顔が彫られているタイプは
この頃製造され始めたようです。

中山太陽堂の製品で、プラトンの顔が印刷されていたりする
製品はありますが、クリップの根本に直接彫られているのは
万年筆では見たことがなく、シャープペンしか無かったのかもしれません。

No409:オマスのペンシル

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これはイタリア オマス(Omas)社のペンシルです。

以前紹介したペンシルと同年代のものです。
モデル名は”エキストラ(EXTRA)”です。

今まで同モデルの角軸、リングトップのグレーマーブルのペンシルを紹介してきましたが、
クリップが付いており、マーブルもランダムになっているため、
趣が異なります。

機構は中押し式で、芯の太さは1.18mmです。
サイズは全長8.2cm、太さは11.5mmと今までのモデルと同じサイズです。

クリップの先端はオマス特有のローラー状になっています。
短いペンシルに対して、少しクリップが長いように感じられます。

No410:プラトンのペンシル

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これは日本のプラトン(Platon)社のペンシルです。

以前紹介したペンシルと同年代の物だと思います。
前回のペンシルは、シェーファー型でしたが、
今回のペンシルは、エバーシャープ型になっています。
クリップはフラットクリップになっており、
天冠には模様が彫られています。

日本文具新聞の広告を見ると、1922年(大正11年)頃に
製造されたものだとわかります。

このペンシルは繰出し式で、芯の太さは1.18mmです。
全長13.0cm、太さ7.7mmとなっています。
ボディの材質はニッケル製で、
"PLATON" SHARP PENCIL
PAT. No 54357 61427 67796 69450
と刻印されています。

前半の二つの特許は登録実用新案特許で、
どちらも早川徳治が考案者となっています。
No54357は「早川式繰出鉛筆」として、大正9年11月22日に登録されており、
No61427は「繰出鉛筆」として、大正10年12月7日に登録されています。
このことからもプラトンのシャープペンシルは
【早川兄弟商会】(現シャープ株式会社)がOEMとして製造していたことがわかります。

日本のシャープペンシルの歴史(41)

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今回は「日本文具新聞」に掲載されていた広告を紹介します。
今回の広告は1922年(大正11年)3月に掲載されていました。

以前数回紹介している「中田製作所」製プラム(Plum)の広告です。
前回に引き続き「プラム エボナイトシャープ」を紹介しています。

文言は変わっていませんが、ペンシルの絵を見ると
僅かに変化があります。
クリップ根元がクローバー型になっており、
天冠がエバーシャープと同様、クラウン型になっています。

早川兄弟商会とこの田中製作所がこの時期に立て続けに広告を出しているようです。
よほど売れたのだと思いますが、なかなか骨董市とかには見当たりません。
関東で売れていたようであれば、関東大震災と戦争で残っているのは少ないのかもしれません。

9/20 みちくさ市ブングテン20に出展いたします

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雑司が谷の鬼子母神通りで行われている「みちくさ市」で行われている 「みちくさ市ブングテン20」に出展することに なりました。 展示内容は「戦前の日本のシャープペンシル」と して、 大正、昭和初期に日本で作られたペンシルを紹介させて頂こうと思っています。日本にシャープペンシルが輸入され、それを模倣しつつも、日本独自の技術で様々な種類のペンシルを製造していました。これらを僅かですが現物と資料を展示できればと思っています。

「ブングテン20」の詳細は以下のようになって います。

日時:9月20日(日) 11:00-16:00 ※雨天決行 場所:雑司ヶ谷・旧高田小学校 職員室・ランチルーム 東京都豊島区雑司が谷2-12-1

アクセス: 都電荒川線・鬼子母神駅前より徒歩約7分 東京メトロ副都心線・雑司ヶ谷駅より徒歩約10分

内容: 文房具好きによる展示やワークショップなど 入場料: 無料。 ※但し、ワークショップ等で材料費程度の参加費が発生す ることがあります。

【ご来場ありがとうございました】9/20 みちくさ市ブングテン20

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9/20に雑司ヶ谷で行われましたみちくさ市の「ブングテン20」に参加させていただきました。
2回目で初テーブル展示のため、どのくらいの量の展示を行えばよいかわからず、
かなりごちゃっと詰め込んだ感じになってしまいました・・・
もう少し要点を絞れば、説明ももっとできたのだろうと反省しています。

今回残念ながら来ることができかなった方々のために、
ダイジェストですが展示内容を紹介させていただこうと思います。


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今回の展示は大正から昭和初期にかけて3部に分けて紹介させていただきました。
この頃のシャープペンシルは、”繰り出し式”と呼ばれる軸の一部を回して芯を出すものでした。
現在のシャープペンシルで主流である’ノック式’は昭和の初期にやっと
一部のメーカーが作り始めました。


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�大正初期(~大正8年(1919年))
『海外から「繰出鉛筆」として輸入され、デパートなどで売られていました。
ドイツやアメリカからの輸入物が多く、高級品だったようです。
金属製、エボナイト製などの材質で、色々なタイプのペンシルが輸入されていたようです。』

デパートの宣伝雑誌であった「みつこしタイムス」や、「白木タイムズ」に紹介されていた
シャープペンシルを現物と合わせて展示いたしました。
また、この頃の外国製と日本製のシャープペンシルもあわせて展示し、比較できるようにしました。
まだ日本製のシャープペンシルは海外の製品を模倣している時期で、
技術的に未熟で、安価のため壊れやすく、あまり普及していなかったようです。


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�大正9年(1920年)~大正12年(1923年)
『アメリカ製「エバーシャープペンシル」が輸入され『万年筆の時代は去れり』という広告をだし、売れ始めました。
それに伴い日本のメーカーでも模倣しつつ、より使いやすく改良したシャープペンシルが多く作られました。』

このセクションではとにかくアメリカから輸入された「エバーシャープペンシル」とそっくりな日本製シャープペンシルを集めました。
見た方々はたぶん全部同じに見えるのではないかと思います。

この頃同じタイプのシャープペンシルを製造していた日本のメーカーは下記の通りになります。
・早川兄弟商会(現シャープ株式会社)
 中山太陽堂の「プラトンシャープペンシル」は早川兄弟商会がOEMとして製造していました。
・奉仕(スワン万年筆)
 海外と同様日本の万年筆メーカーもシャープペンシルを作り始めました。
・ネオ、カルメン(司武川製作所)
 カルメンは学生用の廉価版でした。
・ホシエス(山崎商店)
 現在のシチズン時計株式会社に発展
・バンコ(江藤株式会社)
 1922年創業、のちに万年筆も製造し始めました。
・その他 : コスミック、レイバン、カノエ、クエーカー、イトウ、CM、
ロメオ、トーヨー、AB、レディーライト、ジルコン、エキストラーなど


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�大正13年(1924年)~昭和15年(1940年)
『多くのメーカーがシャープペンシルを作り始め、日本独自の技術も開発されました。
シャープペンシルに関する特許の出願件数も、この頃急増しています。
海外にも多く輸出されていました。』

この頃製造された世界のシャープペンシルに対し、
日本のシャープペンシル特有の機構や形状を挙げて展示いたしました。
・ノック式ペンシル
 昭和初期に日本メーカーも製造し始めていました。
・平らなペンシル
 カノエ、バンコが製造、輸出が多かったようで、アメリカのオークションでもよく見かけます。
・手帖用などの細いペンシル
 細いペンシルは海外にも輸出されており、日本製が多かったようです。
・2色ペンシル(複動式、リレー式)
 大正末期から日本独自の技術が発明され、独自の進化を遂げて行きました。
 二重螺旋構造を用いて芯を交互に出したり、゛なわ゛と呼ばれる
 細いバネを用いて軸の中心に芯を配置しなくても繰り出せる構造が発明されました。
・4色ペンシル
 特に昭和10年頃発売したアルマイト文具製のシャープペンシルは複雑な機構を備えた
 繰出し式の4色シャープペンシルでした。

この時代、このようなペンシルが多く販売されており、 シャープペンシルの一つの全盛期だったのだと思います。
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